レースを見だした、あの頃・・・

いつからは思い出せないけれど、なぜか子供の頃からクルマが好きでした。いま思い返してみると、きっかけはおそらく、近所でよく見かけたセリカ(ダルマ)やスカイライン(ジャパン)だったような気がします。

そう、それはその時代一世風靡していた公道レーサー・・・・。幼心に族車をみてかっこいいと思ったしまったわけです(笑)さすがにタケヤリはやりすぎだなって思いましたが、シャコタン、ブリスターフェンダーなどを纏うこれらのクルマをみて、興味を引かれたんだと思います。プラモデルも買いましたしね!!ムギ球とか入れてライトとか光らせて・・・・。

はっきりは覚えてませんが、土曜日に学校から帰ると、2時からTBSで「F-2レース」が放送されてたんですよ。それがレースを知るきっかけになり、新聞欄をみては、レースと名の付くものはかぶりついてみてましたね。1986年頃だったと思います。

その頃の全日本の最高峰レースと言えば、「F-2」です。F-1があるなどこの時は知りません。

中嶋vs星野・・・勝つのはいつもこの二人にどちらかでした。中嶋は平均してどのレースも安定して速く、対して星野はトラブルも多く、中嶋にいいようにやられていたのが印象に残ってます。

幼心にも「星野かわいそう・・・・」って思えましたので、この頃は自然と星野を応援してました。「日本一速い男」っていうフレーズも好きでしたしね。

写真はこの頃走っていた、F-2というカテゴリーです。シャシーはマーチ製で、エンジンはホンダです。ヤマハエンジンが出だしたのもこの時だったかな?エプソンカラーが中嶋、ラークカラーが星野です。カーナンバーの通り、中嶋がチャンピオンに、ランク2位が星野というのも分かりやすい構図でした。高橋国光(アドバン)松本恵二(キャビン)長谷見正弘(佐川急便)その他のカラーリングもよく覚えています。

「F-2」と言うカテゴリーはこの86年で終りとなり、87年からは「F-3000」というカテゴリーに移っていきます。ヨーロッパでは85年よりF-3000に移行しており、その流れにあわせて日本でも新たなレースシーンへと移っていきました。

この後に中嶋が日本人初のF-1ドライバーとなり、「F-1」というカテゴリーを知るわけです・・・・・。
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by sid80 | 2005-11-12 20:34 | レース | Trackback | Comments(0)

70スープラと過ごす日々や、整備記録、チューニング、時折トラブル(笑)等のつたない日常日記。


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