愛しのスープラとの日々や、つたない日常日記。


by sid80
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読書  「レーサーの死」

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のっけからすごいタイトルですが、最近本屋に行ったとき、またもや偶然にこの本を発見しました。

サブタイトルのように「アイルトン・セナ十二年間目の真実」に惹かれさっそく購入。

「そっか・・・・・セナが亡くなってからもう十二年にもなるんだ・・・・。」

1994年5月1日、ボクはそのとき20歳でした。あの時の映像をいま見ても自然に涙が溢れてきてしまいます。ただただつらくて、大切な人間を亡くしてしまった悲しみがよみがえってくるからです。

セナを語りだすと止まらなくなってしまうので、この本の内容をご紹介しますね。。

まずはセナの内容ですが、これは主にフジテレビが「セナ死亡」の一報を受け現地スタッフや番組内容の変更など、その時どのような状況をとり報道したか・・・が書かれています。その他はセナファンであれば知っている内容となっています。

では何が、真実か?これはただ一つ事故ときの内容です。

彼の死亡原因は脳の損傷でした。マシンがゆるい高速カーブを通過中、突如コースを外れコンクリートウォ-ルに激突した衝撃も、もちろんありますがアームの一部がヘルメットを貫通し、これが彼に最大のダメージをあたえてしまった為でした・・・。それらの彼の容体がどのようなものだったかは何度か読んだとこがあるので知っていましたが、ほんの一部分ですが新たな事実が書いてありました。

分かってはいたけど、やはりショックなことが書いてありましたね。

そんな呪われた5月1日を知る、ミハエル・シューマッハが今行なわれているサンマリノGPでセナのポール記録を破る通算66度目のポールを獲得しました。セナのすぐ後ろを走っていたあの時のミハエル、通算勝利数でセナと並んだ時、人目をはばからず男泣きしたミハエル。セナ亡き後、F-1トップドライバーに祭り上げられ、人間性までセナを要求され、彼も辛かったと思います。

そんなミハエルが、セナが散った地でセナの記録を破るとことなりましたが、運命と言うかめぐり合わせなのか?個人的にはセナ時代を知る最後のドライバーがミハエル・シューマッハなのかな~?って気がしています。彼がもし引退したとき「失礼な言い方だけど、セナの意思を継いでくれてありがとう。キミが居たからセナを失った後もF-1を見続ける事が出来たんだよ。」こんな言葉をかけてあげたいと勝手ながら(笑)思ってます。これがなぜかと言えば、やはり天性の速さを持っていたのは他おいて、シューマッハただ一人であったからです。セナ亡き後、チームメイトのヒル&ウィリアムズを応援していましたが(このスタンスのF-1の見方は96年、ヒルがチャンピオンを取った時まで続きました。)その一方で敵ながらシューマッハの放つ可能性の大きさにも驚き始めていました。そうは言ってもセナを失ってしまったF-1グランプリ・・・・その後、見ていても面白くもなんともなかったです・・・・。

「F-1観るのやめようかな・・・・・」ボクもそう思いました。同じように応援する対象も、意味もなくしてしまった人も多かったと思います。そして現実にやめてしまった人も。

セナはF-1チャンピオンを目指し、夢を叶え、その事だけに人生を注ぎ、そして散って逝っていってしまいました・・・。セナが愛したF-1グランプリ。

そう・・・・そうだ、彼がそこまで愛していた世界ならば、見続ずけていこうと。そして、そこにはセナのような可能性をもった若きドライバーがいました。憎らしく、キャラクターも人間性も違うけれど、そのドライバーの将来を見たくなったのも事実です。それがミハエルでした。

今宮さんが言ったこの当時の言葉を忘れることはありません。

「セナは死んでしまったけれど、この先もF-1グランプリは続いて行くのです・・・。次のモナコGPからもまた続いていくのです。」と・・・・・

大切な人が愛していたもの、それと同時にその人を奪ってしまったもの・・・。

個人的な意見として、セナはグランプリを・・・そしてドライビングを愛していた・・・・だから、今もF-1を観ています。それに尽きます。

数年前、ブラジルGPでセナの姉、ビビア-ヌが表彰台のプレゼンターとして登場した事がありました。

嬉しかった・・・・・たまらなく嬉しかった。彼女もまた自分と同じような気持ちだったんだと・・・・思えて。

今現在、セナの孫ブルーノ・セナがレースで走っています。。何て強い家族だろうって思いました。

どうしてもセナのことで長く書いちゃいますが(泣)・・・・この本はそれだけではありません。

トヨタ7をテスト中ともに事故死してしまった福沢幸雄、川合 稔。トヨタがその事故原因を全てドライバーのミスとかたずけてしまい、故人の名誉も地位も傷つけてしまった事など、レースを取り巻くその時代の価値観や社会性など鮮明に書かれてます。

70年代から80年代に起こってしまった数々の死亡事故。この本を読んで、何度悲しみ、怒ったことか・・・・・。なぜならこの本は、ただ昔にこういう事故が起こった事を伝えているのではなく、事故が起こってしまった原因や、その後のレース業界の対応のマズサなどを伝えるために書かれているかです。その時原因とされていた報道は、実はこうだったと・・・・。当時の関係者らが、今あらためてその出来事を振り返ってコメントもしています。これらのコメントによってより一層当時の事故や時代背景が見えてきます。この意味は大きいです。

不幸にもこれらの犠牲となってしまったドライバーの皆さん・・・・あなた達が居て輝いていたからレースを好きになり、今レースを見られ、そして楽しむことが出来ています。

レースファンとしてあなた達を忘れることはありません。あなた達が愛したレースをこの先もずっと観て行きます。それがなぜだかは分からないけれど、それが努めだと思ってます。

いつの時代でも形式やルールは変化していくけど、レースに対するレーシング・スピリットは皆同じだと思います。人間が輝いていてこそのモータースポーツであって欲しいと願っています。

合掌。。
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by sid80 | 2006-04-24 02:31 | 日常